なうひあdiary

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Minuano

2017/03/25(Sat) 10:24
ジョニ・ミッチェルを聴いているうちに、海馬が脳内ターンテーブルにのせてきたのがこれ
このアルバムもすりきれるほど聴いた  (すりきれるって…もうCDでは使わない表現?)




パット・メセニーのカメラ目線が…(´∀`*;)ゞ
弾いているのはエレクトリック・シタール

ブラシのスネアとガンザが刻む汽車のリズムや、プリミティブなコーラスも心地よすぎる


そしてアルバムタイトル曲のMinuano




もう一週間以上、この2曲をセットで毎朝いちばんに聴いている



風と音楽って、二卵性双生児みたい

Minuano
ミヌアノ (Minuano) は、ブラジル南部からウルグアイにかけての地域に吹く冷たい風のこと
ガウチョの民間伝承で広く言及されている

ミヌアノは南アメリカ大陸の南西に高気圧が発達する期間に寒帯前線から発生する。
この冷たい風が暖かく湿った空気と触れることによって寒冷前線が発生し、降雨をもたらす。
しばしば、うなるような風の音を伴う。    (Wikipwdia より)




八重山で秋に吹く「ミーニシ(新北風)」みたいなものかな?
min まで音が共通しているのが興味深い







泣けるー(;_;)









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日願

2017/03/21(Tue) 09:42
春分  

太陽が真東からのぼって真西に沈む日

冬至から地下で成長し始めた「陽」が表に出て、陰陽が転化する日 
これから日いちにちと「陽」が強くなっていく

そして、彼岸と此岸がもっとも通じやすくなると考えられた期間

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赤いのはテングサかなあ?
今年の水はまだちょっと冷たくて、海に入る気がしない
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イソアワモチの表裏
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食べられるけど硬いらしい ジョーさんが子供の頃、はじっこをかじったという

数日前のまとまった雨で、ごっそり削られた砂浜
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引いては寄せた砂の層が美しい
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ギリギリセーフのコマツヨイグサ
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ガイコツが出土?
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走りのピーチパイン、小さいのを糸数商店で買ったら、おばあがさらにちっちゃいのをおまけしてくれた

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「元気そうだねー」というと、「おばあは元気よ!」 (^-^)/








浜歩き コメント:0 トラックバック:0

やふぁやふぁ

2017/03/19(Sun) 09:53
昨日の晴れは南風 デイゴも咲きそろってきた

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海からちょっと入ったところのハマボッスの群落 風が当たらないからか、みんな背が高い

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このままスカートにできそうなテキスタイルのイシガケチョウ

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大地が暖まり空気が潤ってきて、ぬるまった風に吹かれると、いつも耳に聞こえてくるひと節

♪さーうるずんの風よ やふぁやふぁと吹きよ   ~『うりずんの詩』~








車を走らせながら、2ヶ所でヤツガシラを見た
ほんとにたくさん入ってきたのねー(^o^)







植物 コメント:0 トラックバック:0

瀬音に呼ばれて

2017/03/13(Mon) 10:06
大雨の翌日、薄日が差してきた
沢を流れ落ちる水の音に呼ばれて森の奥へ


空を分け合うヒカゲヘゴ
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朽ちた幹   丸八マークが魚のうろこのよう    表皮の下の構造も機能的で美しい
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付近にいくつもあるシロアリの巣
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オオタニワタリだらけ
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木耳の仲間?
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板根  表土が流出しやすいところで発達する
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雨が降ると現れる小さな滝
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人の手による石積みなはず…いつの時代に、誰が?
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バライチゴの花が満開
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食べごろまではもう少し
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このへんはイノシシも多いけど、がさがさっという音の主はクジャクだった




十年ぶり、砂漠のスーパーブルームすごい( ‘o’)
アンザ・ボレゴ砂漠
「死の谷」が10年ぶり一面の花畑に












 
森歩き コメント:0 トラックバック:0

Hejira

2017/03/09(Thu) 12:58
先週末はいい天気だったのに、諸事情でこつこつインドア作業
湘南ビーチFMを流していたら、ラリー・カールトンやジョージ・デュークとか懐かしい曲が…
なんだか70年代な気分になってしまって、昔よく聴いていた70'sをyoutubeで引っぱりだして聴いている





特に冒頭のCoyote とタイトル曲の Hejira がいい

ジョニの風のような歌声とジャコ・パストリアスのハーモニックなベースが
一気に荒野へと連れて行ってくれる

hejira とは、いわゆるイスラム教のヒジュラ──大量移住、亡命、聖遷
もともとのアラビア語には「ある人間関係を断ち切り、新しい人間関係を構築する」というニュアンスもあるとか
アルバムの邦題は「逃避行」で、つまり暗喩なのだけど
ヨーロッパへ難民が押し寄せた今聴くと、また違う感覚が湧いてくる


で、昨夜は夢に以前飼っていた猫のモモタが出てきた
昔の曲ばかり聴いていたら、記憶の糸からひっぱり出されてきたらしい

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記憶ってなんだろう

記憶は脳内ではなく、外部メモリに保管されているという仮説がある
外部メモリに共有部分があれば、ユングのいう集合無意識も説明がつく

記憶、夢、意識、思考は時間や空間の制限を受けない
ということは、夢や思考は5次元以上の次元にあるということ?


しかし肉体は時間とともに生きている

ジョニ・ミッチェルは難病を患っているというが、オフィシャルサイトを見ると元気そうだ

ジャコ・パストリアスはウェザーリポート脱退後に生活が荒れてしまい
コカインに溺れ躁うつ病に苛まれ、アパートも追い出されて路上生活を送るうち
飲食店のガードマンともみ合いになって頭を打ち、脳挫傷から植物状態に陥り
わずか35歳という若さでこの世を去ってしまった



そしてジョニ・ミッチェルを聴いているとえっちゃんを思い出す
東京に行っても、もう会うことはできないんだなぁ…















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コップと手

2017/03/08(Wed) 12:02
音はどうして出るのか、という科学を体感できる、ビーカーや試験管による実験

音の出るもの

ワイングラスのふちをこするのは、グラスハープとして知られているけど
試験管を吹く方法で曲を奏でているのは?

と調べると、 コップの吹き方講座 という動画があった
和楽器バンドの尺八奏者、神永大輔さんによるもの



コップできらきら星を演奏している(゚∀゚)

そこでうちにある、先の開いていないコップで試してみたけど、ぜんぜん音が出ない

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だめだー やっぱりまずは試験管
そういえば、小さなお香が入っていた試験管のようなガラスの筒があることを思い出し、引っぱりだして吹いてみた

唇の当て方、角度、息の吹き込み方をいろいろ変えて試行錯誤していると、
ポー、というリコーダーそっくりの笛の音が出る!
試験管の中の空気がびりびり振動しているのも感じる
細長い円筒型なら鳴りやすい、だから笛はあの形なのねー

ジョーさんは昔よく試験管を吹いて遊んだらしく、すぐに吹けた
指笛もすごい音量で吹けるし、両手で丸い空洞を作って吹く「手笛」もきれいないい音が出る

この手笛で音階を操り、ハンドフルートと名づけて演奏している人もいる( ‘o’)





手笛で3オクターブもの音色が出せるのは、世界でこの人ひとりだけらしい
なんという手わざだろう
 

わたしもとりあえず、普通の手笛とコップは吹けるようになりたいなぁ



























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同期と振動

2017/03/04(Sat) 12:00
今朝、台所でパンに入れるくるみとレーズンを切っていたら、ジジジジ、という音が聞こえてきた
昨夜、米ぬかと砂糖をつぎ足した米ぬか乳酸菌液の瓶からだ
生きた乳酸菌の声

そして音がだんだん小さくなって、ほとんど聞こえないくらいになったとき
底のほうにたまっていた米ぬかがぐわん、と回転して、瓶の口のところまで上昇した
火山みたい

乳酸菌のジジジ…という、かすかな非整数次倍音は
部屋が静かで、すぐ目の前にいたから聞こえてきた
この状況って、茶室と同じだ

『倍音~音・ことば・身体の文化誌』によると、茶室では“静の同期”が起こっているという


日本家屋の空間は、響き、振動が少ない
静かな空間で身体の無駄な動きをなくすと
音は倍音の微細な部分まで伝わり、コミュニケートできる

茶道は静的な状態を保ち、華美な調度品などの夾雑物を極力排除することによって、
ほかでは味わえない微細なコミュニケーションを獲得する





なんでも身体には「外有毛細胞」という、静的なときにのみ反応し、同期する細胞があるらしい
静かな森でじっと座っていたりすると、いろいろなかすかな音が聞こえてきて自然と同期する

クリスタルボウルやチベタンボウルなどによるヒーリングも、
静かな空間で身体を落ち着けて行われることにより、効果が増すのも同じ

そしてこの「同期型コミュニケーション」というのが、人間の根源的な部分と深く関わっているらしい


掛け声や踊りなど、人が音や動きを同期させることにより
自己の境界の消失、自我の感覚の減少、自己同一性の抑制が行われる
自分の殻が破れ、他者とより深く結びつく
心を繋ぎ、社会を繁栄させていく、非常に重要な手段である




茶室の静的な同期に対し、
地引網や綱引き、盆踊り、お祭り、宗教儀礼、
音楽のライブでみんなでタオルをふり回したり
サッカーや野球のスタジアムで声を合わせて応援したりするのは
動的な同期型コミュニケーション
つまり、他者との共鳴、共振だ



昨日もそんなことを考えながら、山田書店でぶらぶら書棚を眺めていたら
「究極の癒し音 シンギング・リン」 というキャッチが目に飛び込んできた

『ゆほびか』という健康雑誌の表紙だった  
CDが付録でついている

シンギング・リンというのはチベタンボウルとお鈴を融合させたもので
豊かな倍音と高精度のチューニングにより、完全共鳴共振現象が起こるという

こんな健康雑誌でも倍音による癒しが取り上げられているのねー

完全共鳴共振現象は、同じ周波数(振動数)のひとつを奏でると
他も同調し、叩かなくても空気を通して振動が伝わり、鳴り始めるという現象

音叉の共鳴

そういえば、毎朝鳴らしている2本の音叉も同じだなー

「あの人とは波長が合う」などというけれど
人間も、動物も、植物も鉱物も、すべてのものが振動していて、共鳴している

その仮説のもととなるのが、
「私たちの周りに存在するすべての物質や宇宙を作っている要素は、粒ではなく振動するひもである」
という “超ひも理論  Super String Theory”
ひもというより 別名の“超弦理論”のほうがイメージしやすい
すべての物質の最小物質は、粒ではなく弦楽器の弦みたいなもので(輪になった弦も考えられている)、
それぞれの振動が、それぞれ異なった種類の粒子を表している、というもの 
 
この理論はまだ実証されたわけではないけれど、もしも正しいとすれば

時間、空間、物質、力のすべての成り立ちがひとつの理論で説明でき、
この宇宙は10次元以上である

というようなことがいえるらしく、
新海誠監督の大人気映画『君の名は。』にも、この超ひも理論が垣間見える
(パラレルワールドと組ひも)


また春がやってくるのも、星がめぐってくるのも、宇宙が振動して同期しているから
すべてが宇宙と同期して、宇宙の音楽を奏でながら生きている
 
あーあ、もう倍音の倍音が響きあって、とりとめがなくなってしまった…( ノД`)


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畑の絹さやの花













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クマさん

2017/03/03(Fri) 10:04
いつもおみやげをもらってしまっているお隣さんへ

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ワンピース、ブルマー、キャップとおそろいのちびクマさん

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子供のものってかわいくて、作るのも楽しいー

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クマさんの型紙と作り方は、カジュアル箱めがね さんのサイトから  m(_ _)m

ベビーワンピース(ブルマーつき)

キャップは図書館で借りてきた本から(書名忘れた…)











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浦ちゃんとゴーシュ、高橋一生

2017/03/02(Thu) 09:06
(『倍音~音・ことば・身体の文化誌』つづき)


誰もが共感できる普遍的な歌詞とメロディで大ヒットした 海の声 
作詞はあの三太郎CMの仕掛け人、電通のクリエイティブディレクターさん

空の声が 聞きたくて
風の声に 耳すませ
海の声が 知りたくて
君の声を 探してる

川のつぶやき 山のささやき
君の声のように 感じるんだ

海の声よ 風の声よ
空の声よ 太陽の声よ
川の声よ 山の声よ
僕の声を 乗せてゆけ 
  
                (海の声 より  歌詞抜書き)           



海、空、風、太陽、山、川…自然界のすべてを「声」として聞くのは、日本人ならとても自然なこと
鳥のさえずりを人の言葉に置き換える「聞きなし」や、虫の声や風鈴の音に「あはれ」を感じたり

それは日本人が、動物の鳴き声、自然の音などに、言語と同じ左脳で反応していて
論理、感情、自然といった観念が左脳でいっしょになっているから

というのは聞いたことがあったけど
なぜそうなのか、というさらに踏み込んだ理由が「倍音」に関わっていることをこの本で知った


日本語は母音優勢の言語で、日本人は子音と母音の組み合わせを常に使っている
子音同士の組み合わせがないため、音声構成が単純になり、同音語が多発する
それを区別するために音響は複雑になり、母音は子音に対し音響の幅が非常に広い
そのため音響的に異なったものの変化を聞き分けるようになる




そんな日本語が生まれたのは、さまざまな自然音に満ちた日本の豊かな自然環境にあるのだろう
夕立の音、こぬか雨の音、海鳴り、風が木々を揺らす音、葉ずれの音
それらを表すオノマトペ(ざんざん、しとしと、ごうごう、ひゅうひゅう、さらさらetc.…)が豊富なのも
日本にさまざまな色の名前があるのも同じこと

自然界が発する音は、ある程度のランダム性、ゆらぎを持った有機的な音で
主として<非整数次倍音>でできているらしい

その非整数次倍音には、可聴域にはない高周波の音もあり
高周波音は耳ではなく皮膚から脳に伝わる

超音波で位置を把握し交信するコウモリやフクロウ、イルカと同じことを
私たちも無意識にしているのだ
御蔵の海の中で、野生のイルカと至近距離で真正面から向き合い目が合ったとき、確かに感じるものがあった
イルカが発する超音波を、皮膚から感じたのだ


そうした皮膚から感じる可聴域外の音は
脳の基幹部を活性化し、生命維持に必要な免疫物質を分泌させ
ストレスを軽減し、快適さを増強し、リラックスできるといった効果がある




自然のなかにいると癒されるのは
空気がきれいとかいい香りがするとか、風が気持ちいいなどと同時に
耳では聞こえない音を肌で感じているからなのね
海に浮かんでいるときも、無数の生き物たちが奏でる耳には聞こえない音を、全身の肌で感じているのだ

耳では聞こえない、それはつまり、無意識下でのコミュニケーション
知らず知らずのうちに、膨大な情報を皮膚で自然から受け取っている
雰囲気などの抽象的なムードを「肌で感じる」というように、ちゃんと言葉にもなっている

同様に音楽を聴いたときも、可聴域のメロディやリズムのほかに、無意識下で膨大な情報を受け取っているのだとか


非言語性コミュニケーションは情報量が多く、
非明示的、非指示的、非象徴的、全体的、多面的、多層的、身体的、感情的、
描写・表現の幅が広い、奥が深い、擬音的、音響模倣的、同期的、
サブメッセージおよび無意識のメッセージを載せやすい

また、時空間、雰囲気の変化、感情の誘発、癒し、快感、親密性、
自己の境界の消失、言霊、音霊的感覚などが
二次的に招来されることもある




そこで『セロひきのゴーシュ

へたくそで楽団長からいじめられていたセロひきのゴーシュが
ひとりで真夜中までセロの練習をしていると
三毛猫やかっこう、狸、野ねずみなどが毎晩やってきて
やれトロイメライを弾けだの、ドレミファを教えろ、小太鼓と合わせろなどといい
しまいには病気を治せという
ゴーシュはそのたびにいやがって、口では意地悪をいったり怒ったりしながらもセロを弾き、
動物たちは大喜びして、病気も治ってしまう
そうこうしているうちに公演の日になり、アンコールがかかってゴーシュが指名される
ゴーシュはばかにされたと思い、やけくそで三毛猫に弾いた激しい曲「印度の虎狩」を演奏すると
大喝采を浴びる…という話


ゴーシュは言葉でじゃけんにしても、音楽では無意識のうちに動物たちを癒し、プラスの方向に導いている
そして同時にゴーシュも、動物たちによって音楽のレベル、無意識の心のレベルがあがっていく

言葉、意識下では酷いことを言っても、音楽、無意識下の部分においてはもっと深い所の人間性が出てくる
その方が、私たちにとっては重要な要素になっている
しかもコミュニケートすることにより、互いに音楽、無意識のレベルが上がっていくということを
宮沢賢治は私たちに言っていると考えられるのです




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TVドラマや映画を観ていても、言葉(台詞)では言わない思いがひしひし伝わってくると心打たれるのも同じかな
表情やしぐさでものをいう、非言語性コミュニケーション
最近の役者さんでそんな演技が印象的だなあと思うのは、高橋一生
あれもこれも見ているわけじゃないけど
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』のときの運送屋さんとか
『直虎』の政次とか
言葉とうらはらな気持ちがとてもよく伝わってくる
そういうシナリオや演出もいい

逆にもったいないなあと思うのは、『精霊の守り人』
子供も観るからと配慮しているからか、台詞で説明しすぎじゃないかしら

人物に表裏がないと、表面的で「薄っぺらい」となる
倍音のない音のようなものだなぁ




倍音を聞いたとき、単に基音だけの時にくらべてはるかに多くの脳の部位が反応する
倍音により、多様な、目に見えないメッセージが発信される
それは非言語性の、サブメッセージの、無意識の領域のコミュニケーションとなる







思えば人と人だけでなく、人と動物、動物と動物も、言葉の論理性ではなく心で心を伝え
非言語性のコミュニケーションをしている

無意識の心そのもので心を伝えること、つまりそれってテレパシー?
直感や第6感も、世界が発する情報を無意識下で受け取っているということ
そんな声がちゃんと聞こえるように、いつも耳をすませていたい





















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