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なうひあdiary

2018 / 05
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向日

2018/05/12(Sat) 22:48
川平に行ったらいちめんひまわり畑になっていた

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道路には路上駐車の車が何台も…インスタには同じような写真がたくさんアップされているはずー(´∀`*;)ゞ
うちは農道に入って停めたけど、バスとか通りにくそうだった

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みつばちさんが大忙し

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太陽を追いかけてこちらを向いている花もあれば、背を向けて東を向いたままの花もある
これは、花の生長度の違い

若いひまわりには日中、東から西へ太陽を追いかける「向日性」がある
まだ生長が不均一なため、片方の茎だけが成長することで、太陽の動きに合わせて花の向きを変える
夜になると逆側の茎が成長し始めるので、つぼみは東を向き、日の出を待つ

大きくなったひまわりは太陽を追いかけることはなくなり、向きは東に固定される
東向きに固定されることにより花の温度が高くなり、花粉の媒介となる昆虫を引き付ける効果を持つ


ひまわりはどうやって太陽を追いかけるのか?









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伊賀焼の里 忠央窯

2018/05/12(Sat) 09:11
「伊賀焼の里へ行きたい」という母のひとことで始まった今回の旅
森野旧薬園を堪能した後は赤目温泉対泉閣に宿をとった 

伊賀は芭蕉の生まれ故郷

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あまり出回らないという幻の伊賀牛は、噂に違わないおいしさ

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朝ごはんは伊賀焼の土鍋ご飯

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翌日、小1時間車を走らせて、伊賀焼の里、丸柱へ
伊賀焼伝統産業会館のほか、ギャラリーを併設している3軒の窯元を訪ねたが、
それぞれの個性がはっきり際立っていて興味深かった

伊賀焼というと今では土鍋が有名だけど、その歴史は8世紀の天平年間に遡り、
伊勢神宮の神瓶を作るために窯を興したのが始まりらしい
その後、戦国期から織田、豊臣の時代に茶道文化が盛んになるにつれ、
茶道具が多く焼かれ、茶陶として名を知られるようになったとのこと

古琵琶湖層が隆起してできた土地からとれる粘土は熱に強く、高温で幾度も焼成した土肌は松の灰とあいまって、
自然の岩が苔むしたような、素朴な風合いが生まれる
それが「古伊賀」といわれる本来の伊賀焼だそう

そんなくわしいお話を聞かせてくれたのは、忠央窯

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野の花一輪を生けても風情がある花生けがすてき

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本当は撮影不可だけど、ブログで紹介するといって撮らせていただいた

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窯の裏に広がる広々とした芝地
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シロバナタンポポが咲いていた
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'18大和・伊賀 コメント:0 トラックバック:0
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